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【告知】西澤健一 協奏曲作品の夕べ

 新型コロナウイルスが世界に打撃を与え始めた2020年5月に完成し、初演が延期されていた『オーボエと弦楽合奏のための協奏曲』、日本とウクライナの国交樹立30周年を記念し、2022年10月にウクライナで初演されるはずだった『2つのヴァイオリンのための協奏曲』、今公演のために書き下ろ...

2022年10月13日木曜日

プログラムノート/西澤健一 協奏曲作品の夕べ

※配信でご覧の皆様のために、プログラムノートを公開いたします。


◎西澤健一 協奏曲作品の夕べ

2022年10月13日(木)19:00開演(18:00開場)

めぐろパーシモンホール 大ホール

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◆プログラムノート - 西澤健一

・ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲

 2013年、『交響曲第一番』を発表した直後に着手。演奏される予定があったからこそ書き始めたものの、残念ながら、書いている最中にその話がなくなった。完成した作品は、2022年6月、澤田智恵氏のヴァイオリンと私自身のピアノで、リダクション譜による初演を行うまで、ハードドライブのなかに眠ったままだった。

 その初演を終えて、とあるご婦人から頂いた感想を私はとても気に入っている。曰く、「ある孤独な若者が薄暗い森を歩き、山を登り、その先で哲人に出会い、静かな満足を得て山を下っていく。そんな情景のようだ」…哲人の存在を想像してはいなかったが、元々の“演奏される予定”で設定されていたテーマは「自然」であり、「山」だった(のを、ご婦人のお話でようやく自分でも思い出した。)伝えるべきことを伝えられたことに私は静かな満足を得ている。最高の共演者を得て、今公演が原作の初演となる。

・オーボエと弦楽合奏のための協奏曲

 クリストフ・ハルトマン氏とは2015年作曲の『オーボエ・ソナタ』以来の付き合いであるが、2018年2月、日本ダブルリード株式会社創立50周年記念コンサートの席で再会した氏から、協奏曲を書く気はないかと尋ねられた。彼によれば、それは弦楽合奏で、かつ、そのままの楽譜で弦楽四重奏でも演奏できるように書かれたものが望ましいとのことだった。私好みで演奏家らしいプラクティカルなアイデアである。いずれ必ず、と約束した。

 オペラの仕事を終え、ようやく作曲に着手しようとした矢先の2020年2月、父が倒れ、コロナ禍がやってきた。緊急事態宣言が発出された同年4月、がら空きの電車に乗って、面会できない父に入れ歯の洗浄剤などを届け、社会的にも個人的にも先行きのわからない状況にうろたえる母を電話口でなだめながら、楽譜を埋めた。

 全体的におだやかな楽想が支配的な作品となった。モデラートの第一楽章、アンダンテの第二楽章、快活なアレグロの第三楽章も最後は速度を落とし、長調に転じた第一楽章の素材を回想してしずかに締めくくられる。ちなみに(これは少々出来過ぎた話のように私自身も感じるので書くのをためらうが)父が死んだのは、この作品の最後の音を書き終えたその日、5月16日のことだった。

 2020年中の初演を試みたが、厳しい入国制限が布かれていた当時は、国を跨いでの公演が難しかった。ようやく初演できることが、素直に嬉しい。

・2つのヴァイオリンのための協奏曲

 昨年末から年始にかけて、日本ウクライナ芸術協会を主宰する澤田智恵氏から作曲の相談を受けた。曰く、日本とウクライナの国交樹立30周年を記念する同協会主催コンサートのために、2つのヴァイオリンのための協奏曲を書いてくれないか。もし可能なら、10月頃を予定しているウクライナ初演で指揮も振ってくれると嬉しい、とのこと。彼女とともにソリストを務めるオレグ・クリサ氏が私の作品(本日一曲目に演奏する『幻想曲』である)を高く評価してくれているとの話も伝わってきた。

 光栄なことであるし、行くとなれば初めての東欧である。どこを観光しようかしら、ごはんは美味しいかしら、お酒はたくさん飲めるのかしら。祝祭的な音楽を耳のなかで聴きながら、そんなことを暢気に考えていた。「武力の脅威、不信、心理的・イデオロギー的な闘争は、もはや過去のものになった(ミハイル・ゴルバチョフ)」という前世紀末の輝かしい宣言が脆くも崩れたのは、それから間もなくのことだった。

 ブチャをはじめとする各地の悲惨さを伝える報道を目にしたあとでは、どんな楽想にも説得力を感じることができず、しばらく筆が進まなかった。が、ウクライナ出身の友人が東京のライブイベントで演じたパフォーマンスが私にインスピレーションを与えてくれた。彼女は大音量の『Bind, Torture, Kill』(=拘束・拷問・殺害。ベルギーのインダストリアルバンドSuicide Commandoの作品)をBGMに一個の死体を演じたが、それを観ながら、私の耳にはまったく違う種類の音楽が鳴りはじめたのだった。拘束され、拷問され、殺害された人々に対して、私は結局なにもできない。せめて彼らと同じ側に立ち、彼らを弔い、彼らを忘れないと誓うしかない。第一楽章で、私は私にできることをした。

 第二楽章は、今年4月に作曲した『ウクライナ民話「空とぶ船とゆかいななかま」朗読のための音楽』からの引用で、撒くとたちまち霜が降りる藁束を扱う男のメロディである。物語ではひとりの奇人として描かれる彼を、私は、冬をつかさどる精霊と捉えた。中間部には『空とぶ船』と同時に作曲した『ウクライナ民話「てぶくろ」朗読のための音楽』の主要主題を配し、冬将軍に守られる者たちを二つの民話を繋いで描いた。

 第三楽章はパッサカリアの序奏とアレグロの主部からなる。パッサカリアは、とあるウクライナのポップソングから採取した低音を用いている。(まったく違う展開を与えたので、もちろん表面上は原型を留めていない。)主部はクリミアタタールの民族音楽から受けた印象を、日本の響きを交えつつ展開させた。

・2台ピアノのための協奏曲

 この作品は、『2つのヴァイオリンのための協奏曲』と双子の関係にある。2つの同楽器のための協奏曲というフォルムの意味でもそうであるし、ほぼ同時に着手したという意味でもそうである。素材の意味でも双子と言える。第2楽章と第4楽章には先述の『てぶくろ』『空とぶ船』からの引用がある。これら朗読のための音楽は、そもそもウクライナ支援のチャリティ公演のために書いたもので、今年4月28日に武松洋子氏の朗読、澤田智恵氏のヴァイオリンと私自身のピアノで披露した。ただただ森の動物たちが集まるような、平和で平穏な世界観から受け取ったものが両作品の根にあるのは間違いない。

 唯一の違いは性格の違いだ。『2つのヴァイオリンのための協奏曲』が、侵攻に苦しむ現実世界のウクライナに寄り添う作品であるのに対し、『2台ピアノのための協奏曲』は、もし侵略がなかったらどんな祝典曲を書いてお祝いしていたかを書いたものだ。今年の年始に、食事や酒を妄想しながら耳の内に聴いていた祝祭的な嬉遊曲である。そうした種類の幸せは、自由で民主的な未来が確保されたうえで、ふたたび味わわれなければならない。

 堂々として華やかなソナタ形式の第一楽章。第二楽章はスケルツォ風の三部形式。情熱的な主部と、『てぶくろ』の小動物たちと『空とぶ船』の間抜けが優しくたわむれる中間部。第三楽章はゆるやかな二部形式の緩徐楽章。リリカルに歌われる第一部と、主題が熱を帯びながらゆるゆると崩壊していく第二部。 

 第四楽章はロンドソナタ風だが、15回繰り返される(ときにフーガにもなる)冒頭の畳句、2回ずつ現れる嬉遊句と『空とぶ船』のメロディは、現れるたびに12の異なる調へと移される。ちなみに、最後には高らかに歌われる民話のメロディは、40樽の葡萄酒をたった一口で飲み干してしまう男を表現したものだ。

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◆プロフィール

西澤健一

国立音楽大学を一年半で中退し、以後独学で研鑽を積む。室内楽から交響曲、自身の台本によるオペラに至るまで幅広いジャンルで100曲以上の作品を発表。2001年にブリュッセルで開催された個展以降、楽壇からは超然としながらも、国内外の著名な演奏家たちが惜しみなく称賛する気鋭。「瞑想の形式のなかで文学を演じている」(ダス・オルケスター誌)「簡素な透明性に満ち、エネルギッシュで崇高な内容を持つ西澤の音楽は、まず第一に人間であることに感動する側に立って語り掛ける音楽を味わうという喜びを、われわれに取り戻してくれる」(メキシコ・シナロワ紙)繊細な音色が持ち味のピアニストとしても活動するほか、舞台・映像作品に揮毫を寄せたり、文筆でも賞歴を得るなど、多様な才能を誇る。

オレグ・クリサ

ダヴィド・オイストラフの高弟にして、ウクライナが誇るヴァイオリン界の重鎮。パガニーニ国際コンクール優勝、上位入賞多数。著名な指揮者らと世界各都市主要オーケストラと共演。2019年第3回クリサ国際コンクール開催。「Musician of the First Rank」(N.Y.タイムズ紙)

クリストフ・ハルトマン

1992年よりベルリン・フィルハーモニー管弦楽団オーボエ奏者として活動する傍ら、同楽団アカデミーをはじめ世界各地で後進指導にあたるオーボエの伝道師。ソロ、室内楽の分野でも積極的に活動。アンサンブル・ベルリン創設メンバー。

澤田智恵

ロシア国立グネーシン音楽院学士修士、パリエコールノルマル卒。オレグ・クリサと各国で、ウクライナ国立管弦楽団、室内楽団と共演、録音。「多彩な美しい音色と情熱の個性」(O.クリサ)。2018年日本ウクライナ芸術協会設立、代表就任。芸術国際交流公演、チャリティ公演等主催。

花房晴美

「巨匠ピアニスト名鑑のHの項に、クララ・ハスキル、ウラディーミル・ホロヴィッツに並んで、いずれ花房晴美の名が刻まれるであろう」( ハイファイステレオ誌)華麗な演奏が魅力の、日本を代表するピアニストの一人。国内はもとより、海外のオーケストラとの共演を重ねるなど、国際的にも高く評価されている。

花房真美

国立音楽大学付属高校、国立音楽大学を経て、同大学大学院修士課程修了。1982年草月ホールのリサイタルを皮切りに数多くの演奏会に出演。1992年から実姉花房晴美と「花房シスターズ・ピアノデュオ」の本格的な活動をスタートさせ、各地でリサイタルを行い絶賛を博す。