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【告知】西澤健一 協奏曲作品の夕べ

 新型コロナウイルスが世界に打撃を与え始めた2020年5月に完成し、初演が延期されていた『オーボエと弦楽合奏のための協奏曲』、日本とウクライナの国交樹立30周年を記念し、2022年10月にウクライナで初演されるはずだった『2つのヴァイオリンのための協奏曲』、今公演のために書き下ろ...

2022年8月7日日曜日

根エも葉アもない幻-オペラ「卍」に書いたこと

 オペラ『卍』について、台本を書く際、僕は作中で実際に行われている会話のみを用いて組み立てることを基本的なコンセプトとした。これを、心理戦に欠くと不服に思われた向きがあったようだ。たしかに、僕の台本では「わたしこないだから大変失礼してました」のような他愛もない挨拶が表に立っており、綿貫に至っては「僕は綿貫いうもんです」「綿貫いう男は僕です」と自己紹介ばかりしている。作中の会話が使えない部分、すなわち物語を補足した部分であっても、「阪神電車で梅田まで」であるとか、「観音さん描いてるのんやけど」といった、作中で実際に起きている事象の提示に徹した。唯一、園子が声には出していない声を歌う場面が第二幕にあるが、それも、「どこまで厚かましいねん」以降、園子から見える光子と綿貫の状況を説明しているだけである。

 つまり、僕は登場人物に自分の心情をほとんど歌わせなかったわけであるから、心理戦を省いたと思われるのももっともなこととは言える。

 原作には、あくまで園子が「先生」に語っている物語であるという前提がある。秘密の守られた2人きりというプライベートな空間が前提としてあるから、園子が自分自身の心に触れても問題ない。が、舞台化において、その設定をすべての場面に用いることはできない。しかも園子以外の三人の心理は結局園子の想像でしかないというのも、また、本作の大前提である。原作に忠実であろうとすればするほど、園子の妄想する光子や孝太郎の心理を、本人の口を動かして語らせるわけにはいかない。であるから、新聞記事を書くような真面目さで、作中で確実に起きている事件、確実に人物が発した言葉を検証し、ひとつひとつ積み重ねていくことを基本的なコンセプトとしたのである。

 それでも十分だと僕が確信するのは、誰が誰に向かって、どういうシチュエーションで、どういうイントネーションで発せられる言葉なのかが音程化できれば、恋をしているのか、尊敬しているのか、それとも怪しんでいるのか、あるいは憎んでいるのかは自ずと伝わるものだというオペラ作家の先達ヤナーチェクの教訓を深く信頼するからで、だからこそ、翻訳なしでも外国語のオペラアリアに涙するようなことは起こり得るのだ。作曲家がオペラにおいてなすべきたったひとつの仕事は、登場人物の関係性を示す音程の組織化である。

 そして、大阪ことばのアクセントやイントネーションを音程化するのに日本的な音程が実に便利な道具であればこそ(部分的ではなく)全編にわたって歌い手にそれを宛がったのである。念のため申し上げれば、僕は「日本伝統音階」なるものはそもそも存在しないと考える立場であって、解説では小泉文夫と柴田南雄という名を挙げ「日本的な音程」という言葉で書き示した。音程を取り出して下から順に並べてペンタトニックだとは考え方の順序が違う、というような記述が、柴田の著書『音楽の骸骨のはなし』にもあったはずだ。

* * *

 さて、作中の例を挙げる。第二幕、光子が妊娠しているとは初耳だと園子が言う。それに対し、綿貫は「初耳」と驚く。彼は無論驚いてなどいない。園子の返答は彼にとって織り込み済みで、わざとらしく驚いて見せ、周囲にも(先日の演出の場合なら「梅にも」)聞こえるように園子の言葉を繰り返しているのである。狙ったとおりの返答を導き出せた邪悪な悦びだ。そして畳みかけるわけである。「なんで隠すんでしょう、ああ、お姉さんに嫌われる思て嘘を吐いてるのんと違いますか?」…この「ああ、」など、どこまでもわざとらしく演技掛かっていなければ、隠し通せない悦びがなければ、二人の関係は明確にならない。

 僕はこれをおめでたいお正月のような音程で書いたわけだが、内容と音階(僕は音程と言う)の不一致と見た評者は、きっと上質な生活を送ってこられ、おそらくゆすりやたかりの類に遭遇したことが無いのであろう。羨ましい限りである。

 綿貫は(原作に忠実になれば自然とそうなるのだが)他人の心に土足で踏み込む作中唯一の人物であって、ただ綿貫のみが、園子や光子の心理を勝手に覗き込み、勝手に分析し、他人のプライバシーというものの領域を勝手に破る。その結果としての新聞騒ぎだ。性欲の話を心の問題で上書きして、根も葉もない幻を現実と信じ込ませ、ゆすり、たかる。ある意味ではもっとも良く相手のことを考えている人であり、相手に合わせて生きている人である。確立された自己が無い劣等感の跳ね返りで、自分は特別な存在だと思い込んでいる平凡な人特有の暴力性は、現実と空想とがない交ぜになった妄言で表現される。

 柿内夫妻(評者の「垣内」は誤植)は本来、良くも悪くも自分は自分と考える人たちで、世界標準の、近代的に教育され自立した自由主義的個人である。ゆえに(変な言い方だが)第一幕は平凡な三角関係で済んでいる。つまり、平凡な性欲と、平凡な嫉妬だ。園子と孝太郎は第一幕の終わりのように平凡な喧嘩をして、平凡な離婚をすれば良かった。その三人が心の問題に汚染されるとどうなるかが第三幕であって、園子のような浮世離れした人など、特に、綿貫的な妄言に対する免疫がない。三人は三人で仲良くするという薄気味の悪い大義を掲げるようになり、その実、常に相手の心理を邪推し合う関係に陥る。「綿貫に似てきた」のである。原作を構成する要素は様々あるが、僕は何よりも、ここを重視した。「まったく今日の話として通ずる主題と信じる」と書いたのは、この意味だ。

 原作で「心」ないしは「心理」という単語が、どのタイミングから、どのような用法で使われ始めるのかを探してみると納得していただけるだろう。性欲のように具体的な感情でなく、妄想上の相手の心理のような、不確かなものを行動の軸とすることで、人物の行動にどのような変容が生じたのかが見える。そして、そんな不確かなものを無条件に良いものと捉え、道徳として従うよう同調圧力のかかるのが今日の社会であって、軍事の話を心の問題に上書きした大日本帝国のように、それは必滅の道なのである。

 ゆえに、僕が書いたのは「日本」ではない。古き良きイノセントな「日本」ではない。そんなものを懐かしむ仕草など原作のどこにも書かれていない。最後の観音経以外、書かれていないものは足していない。原作に描かれているのは今日の社会である。生きる勇気だの嫌われる勇気だの人を操る最強の心理術だのという本ばかりが刷られ売られていく今日の社会、妖怪だのパワースポット廻りだのスピリチュアルなもので行政が商売を始める今日の社会、「西澤健一は恐ろしく〈正直〉なのだろう」などという僕の内面を勝手に想像して恥じない評を書く今日の社会、男子に劣情を催させる不道徳な髪型とポニーテールを断じる今日の社会、凶悪犯罪を加害者個人の心の問題で片づけてきた今日の社会、教育を受けた個人がオカルトに染まりカルト化していく今日の社会、愛国心を煽る今日の社会、昨日から続く今日の社会である。同性愛をもって変態性欲だのとは今日日(日本のような遅れた国を除いて)主題にならないし、愛欲は人間を形作る要素の一つに過ぎないが、心の問題を公の場で沙汰する気持ち悪さは、今日の劇場で今日の聴衆と分かち合うべき主題となり得る。

 オペラは初めてだという友人から、しみじみと「綿貫がマジで気持ち悪かった」という感想をもらった。最高の誉め言葉で嬉しかった。気持ち悪く見えるはずなのである。

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 感想のなかには「悪人の光子が最後は仏になるのは納得できない」といった意見もあった。「善人なおもて往生を遂ぐ、況んや悪人をや」であるとか「わが機の信不信、浄不浄、有罪無罪を論ぜず」といった750年前から850年前の智慧を繰り返せば、人間の仏性はその人の行いの善悪とは無関係だから光子は成仏するのだ。思うに、善い行いを積み重ねても良い人でしかないし、悪い行いを積み重ねても、結局悪い人でしかない。良い人も悪い人も、言うなれば平凡な凡夫であって、凡夫に仏性は無い。

 光子が成仏するのは、彼女が美しいからでもない。彼女は美しかったおかげで美しい仏になったが、彼女もやはり、人よりかは美しい平凡な人でしかない。彼女は今際の際でまったくこの世を忘れ去ったから仏になった。彼女一人だけが、脇仏になるだの、焼きもち焼かずに三人仲良くなりたいだのと祈っていないのだ。とても地獄は一定すみかぞかしと打っ棄って、もはや園子や孝太郎のことさえ、ある意味どうでも良くなった。手段こそ最悪であるが、ともあれ、心の問題から自由になった。生来・本有の彼女に戻ったとも言える。

 僕たち音楽家の場合、ここはフォルテ、ここはクレッシェンド、ここからリタルダンドをかけて、ここでテンポに戻るなどと、聴衆の前でそれらを積み重ねて突き抜けた演奏になるかといえば、ならない。そういったものをすべて忘れ去ったとき、舞台の上でひとつの空白となったとき、実力の有無、名声の有無を問わず、神々しい演奏になる。聴衆の集中力を一身に浴びる。幸せな音楽家なら一度は味わう忘れがたい経験だ。それならばと、邪念を捨てよう捨てようと思って捨てられるものかと言えば、うまくは捨てられないものだ。成仏や往生を、僕はそれと似たようなものと思っている。

 もっとも、正しい行いと正しい信仰で天国に行けると信じて身を律するのも悪いこととは言えないかもしれない。僕たち音楽家も、練習の段階ではフォルテだのクレッシェンドだのをひとつひとつ積み重ねる以外にない。が、自己啓発本の教え通りに「ついてる」と一日1,000回唱えるといったような、強迫的な射幸心に誰もが汚染されている今日の社会では、なかなか納得されづらい表現だったのかもしれない。

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 光子だけが燦然とした仏身になり、脇仏になれず無様に行き倒れている孝太郎の画を稽古ではじめて見たとき、どうして僕は何の説明もしなかったのに、しかも僕には想像できない形でこれを実現してくれたものかと、三浦安浩氏の演出にしたたか感動した。そして本番で、演者が、オーケストラのひとりひとりが、どういう集中力を僕に向けてくれたのかを僕は全身に浴びている。こんな野暮な解説をせずとも、僕の意図を僕よりも深いところで、音によって汲み取ってくれた皆様には感謝の言葉も見つけられない。

 一方で、僕がワーグナーを心底嫌っているように(僕の場合、おそらく同族嫌悪だ)残念ながら僕の音楽とは肌の合わない方がおられることも僕は良く知っている。仕方のないことではないか。であるなら、自分の心を欺くことなく、何の遠慮もなく、矢代秋雄のジョリヴェ評のように「まず私は西澤の顔が嫌いだ」と、言うてくれてもええんやで。

2022年6月16日木曜日

【告知】西澤健一 協奏曲作品の夕べ

 新型コロナウイルスが世界に打撃を与え始めた2020年5月に完成し、初演が延期されていた『オーボエと弦楽合奏のための協奏曲』、日本とウクライナの国交樹立30周年を記念し、2022年10月にウクライナで初演されるはずだった『2つのヴァイオリンのための協奏曲』、今公演のために書き下ろされた『2台ピアノのための協奏曲』…混迷の時代に影響を受けた作曲家渾身のオール・コンチェルト・プログラムを、作曲者本人の指揮と、世界的名匠たちによる独奏でお届けする。

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◎「西澤健一 協奏曲作品の夕べ」特設サイト

https://www.manjiproject.com/Concerti-Concert

プレイガイド等の詳細は上記サイトをご覧ください。



◇西澤健一 協奏曲作品の夕べ

◆2022年10月13日(木)19時開演(18時開場予定)

◆会場:めぐろパーシモンホール 大ホール

 (東京都目黒区八雲1-1-1 東急東横線都立大学駅下車徒歩7分)


◆プログラム

ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲(2013・管弦楽版初演)

 独奏:オレグ・クリサ

オーボエと弦楽合奏のための協奏曲(2020・世界初演)

 独奏:クリストフ・ハルトマン(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

2つのヴァイオリンのための協奏曲(2022)日本ウクライナ芸術協会委嘱

 独奏:オレグ・クリサ、澤田智恵(日本ウクライナ芸術協会代表)

2台のピアノのための協奏曲(2022・世界初演)

 独奏:花房晴美、花房真美


作曲・指揮:西澤健一

管弦楽:卍プロジェクト・オーケストラ(コンサートマスター:藤村政芳)


◇主催:卍プロジェクト ◇制作協力:日本ウクライナ芸術協会

◇後援:目黒区、在日ウクライナ大使館、NPO法人連弾ネット

※2022年7月18日更新

2022年3月6日日曜日

修羅の妄執-ウクライナ侵攻

 一気に全人類を救済しようと努めてはいけない。まず、せめて一人の人間でも救うように試みなさい。これははるかに困難なことだ。ほかの人を傷つけないようにして一人の人間を助けるというのは、たいへんむずかしいことである。信じられないほどむずかしい。それだからこそ、全人類を同時に救済したいという誘惑が出現するのである。だが、それにもかかわらず、その誘惑に乗ると、必然的に、人類の幸福のためには、少なくとも数億の人間を抹殺しなければならなくなる。もちろん、ばかばかしいことである。(『ショスタコーヴィチの証言』ソロモン・ヴォルコフ編/水野忠夫訳 1986・中公文庫)

 もはや「偽書」として、読む人も少なくなったかもしれない。ショスタコーヴィチその人を研究するには役に立たないものになったかもしれない。が、それでも、若い時分に読んだこの本には、僕にとって大切な言葉が沢山あった。例えば「作曲家たるもの、せめて楽器のひとつは完璧に弾きこなせなければならない。ピアノでも、ヴァイオリンでも、(略)なんでもよい。それこそトライアングルだってかまわない」などは、あたかも自分で考えたことのように生徒に伝えたりもする。上に引いたような一文は僕の行動の規範にもなっている。実際、一人の人間を助けるというのは信じられないほど難しいことだ。この言葉をなぞって口にする資格が、僕にはいくらかあるのではないかと思っている。

 本書には、スターリン時代におけるウクライナの吟遊詩人たちの処遇に関する記述もあった。街をうろうろ歩きながら、検閲の許可を受けていない歌を歌う盲人たち。盲目ゆえに書類を見せるわけにも、サインを求めるわけにもいかない。もっとも簡単で効率的な対処法として、何百という吟遊詩人たちが一か所に集められ、みな銃殺されたという。国家の「偉大な事業が進展中である」という理由で、ありとあらゆる繊細な音楽、詩、生きた歴史が、すべて無かったことにされた。ハルキフにはバンドゥーラ奏者の石碑が建っていると聞く。

 僕の母は弱視なので、尚のこと、このエピソードには胸を抉られるような思いがした。が、この凄愴な物語を、僕はやはり、二度と繰り返してはならない人類の愚行の「物語」として読んでいた。ベルリンの壁の崩壊をテレビで見た世代だ。1991年8月のクーデターが瞬く間に鎮圧され、バルト三国が独立し、ウクライナの国民投票を経てソ連も崩壊した。社会科の地図帳に「独立国家共同体」と赤字で書き込んだ世代だ。「武力の脅威、不信、心理的・イデオロギー的な闘争は、もはや過去のものになった」というミハイル・ゴルバチョフの言葉に輝かしい21世紀を信じた。もちろん戦争はあった。湾岸戦争があった。ユーゴスラビア紛争があった。が、1999年にも8月がやってきたことに残念がるようなほっとするような表情を浮かべていた人々が祝祭の雰囲気を楽しんでいたミレニアム・イヤーの頃に、ワールドトレードセンタービルの崩壊を想像するのは難しかった。

* * *

 スウェーデンに滞在していた今年1月のはじめ、日本ウクライナ芸術協会を主宰する澤田智恵氏から作曲の相談を受けた。曰く、日本とウクライナの国交樹立30周年を記念するコンサートのために、2挺のヴァイオリンのための協奏曲を書いてくれないだろうか。もし可能ならウクライナ初演では指揮も振ってくれると嬉しい、とのこと。ソリストを務める予定のオレグ・クリサ氏が僕の作品を高く評価してくれているとの話も伝わってきた。

 光栄なことであるし、僕にとって初めての東欧である。夏の終わりくらいには書き終えられるかしら、あいさつ程度のロシア語でも許してくれるかしら、滞在中はどこを観光しようかしら、ごはんは美味しいかしら、お酒はやっぱり強いのかしら。そんなことを暢気に考えていた。そのとき耳に鳴り響いた嬉遊曲は、もう、今日の世界にふさわしくない。

 そういえば、奇遇にもスウェーデンではいろいろな人とロシアについての話をしたのだった。海に阻まれた我が国とは違い、北欧の人々にとってロシアは生々しく隣り合っている。真剣に警戒し、アラームは定期的にテストされ、「ryssarna kommer(ロシアが来た)」という表現が慣用句のようにもジョークのようにも使われる。ロシアは脅威であり、いつの日か、ここか、あるいはどこかで、何かがあってもおかしくないという価値観は、静かに、しかし広く、立場を超えて市井に共有されていた。もっとも、その「いつの日か」が正味一か月後に迫っていると想像するのは難しかったが。

 そのスウェーデンが国是を破りウクライナに武器供与をしたトピックについて、ゆえに、それほど僕は驚かなかった。このときの語らいがあったおかげかもしれない。

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 スターリンは狂人であった。結局、そのことはなんら驚くに値しない。気の狂った統治者はいくらでもいて、ロシアでもかなりの数にのぼり、イワン雷帝も、あるいはパーヴェル一世もそうであった。古代ローマのネロ皇帝もおそらく狂人であったろうし、イギリスでは、ジョージ何世かが、やはり気がふれていたと言われている。それだから、この事実そのものは驚くに値しない。(『ショスタコーヴィチの証言』)

 わざわざ僕が書くまでもないことだが、国連常任理事国でありながら安保理協議が行われている最中に宣戦布告した時点で、これは世界秩序に対する重大な挑戦であり、ウクライナ東部に住むロシア系住民の保護を名目としておきながら正規軍を用いて全面軍事作戦を決行した段階で侵略としか評価できない事象であって、ロシアを擁護できる要素など何一つとしてない。真珠湾の奇襲なく東京に焼夷弾を落とすようなものだ。2月24日以前のアメリカ、NATO、ウクライナの動きに、たとえ褒められたものではない例があるにしても、それらの対抗措置としてロシアの行動はまったく釣り合っていない。2月24日以降、お互いがどのようなプロパガンダ戦を繰り広げようとも、それらを考慮する必要など一切ない。

 ましてや、核のボタンを片手に世界を威嚇し、ジュネーブ条約に背いて原発を攻撃し、ショスタコーヴィチが交響曲にも描いたバビ・ヤールにあるホロコースト記念館を「ウクライナの非ナチ化」と言ったその口で爆撃している。開戦から一週間経った今日、戦況と同等あるいはそれ以上に、次から次へと開戦の名目もめまぐるしく変化している。支離滅裂である。プーチンの精神状態への懸念という報道もあった。もしくは「計算高く演出された狂気」ではないかと論ずる人もいた。しかし、本物の狂気と演出された狂気とに何の差があるだろうか。僕は兼好法師『徒然草』第八十五段の金言を思い出す。

 狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば悪人なり。驥を学ぶは驥の類、舜を学ぶは舜の徒なり。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。(狂人を真似て大通りを走ったならば、それはもう狂人である。悪人を真似て人を殺したならば、それは悪人である。良い馬は名馬を真似て駿馬になり、聖人を真似る者は聖人に等しい。嘘でも賢人の道を真似るなら、もはや賢人と言って構わない。

 冷戦は間違いなく1989年12月に終わっていた。エリツィン時代には資本主義経済へと転換したのだからイデオロギーで争う理由もなくなっていた。冷戦の記憶がない世代にとって米ソの競争など過去の「物語」でしかなかった。が、ある種の人々は、冷戦という名の廃墟のなかに今なお生きていて、自らの宿怨を、新しい世代にとってはまったく新しい修羅の妄執を、死霊のように世界に残していく。未来人類のためにそれを断ち切ると決意した父母世代の知性と勇気を実弾でぶち抜いていく。なんという痛嘆すべき世界。だが、世界秩序の現状変更という誘惑は、ロシアのみならず、他ならぬ我が国の足元にも強く流れている。

* * *

 2003年のイラク戦争が勃発した頃、反戦の意思をブログに書いた際、「音楽家は政治的な発言をするべきではないと思う」とメールをくれた先輩があった。その理屈なら、目の前で人が殺されていても黙って見ているのが音楽家としてもっとも中立だということになる。僕は腹が立ち、それきり疎遠になってしまったが、今ならどう反論するだろうか。

 どう反論するもなにも、貴重な歴史と文化を伝える数百という吟遊詩人が銃殺され、ホロドモールで数百万人が飢え死に、侵攻してきたナチスにはユダヤ人が虐殺されたその血の上で、ようやく自分たちの主権を手に入れたウクライナの人々が、いま、再びロシアによって殺されている。何を言えば良いのか。殺すな、しか言えないではないか。

 反戦を口にすれば子供でも老婆でも連行される専制主義国家と違って、我が国は自由である。自由なはずである。冷笑的に「日本で反戦と言っても意味がない」「ただの遊び」などと言い、賢しらに「どちらにも正義はある」などと言い、冗談でもスターリン時代のソ連の人々と同じく黙ってやり過ごすならば、我が国はそれとまったく等しくなる。プーチンの戦争を許すだけでなく、積極的に加担すらしている。ウクライナでの侵攻を許すならば、我々が同じことをされても文句は言えまい。いま自分が生きている場所で、たとえ嘘でも、「傷ついた人々のそばに立つ」と口にする意義は、有り余るほどあるのは自明である。

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 どのような形で可能なのか、いつになれば可能なのか、今はさっぱりわからないが、乗り掛かった舟である。相談された1月の頃とはまったく違う意図をもって、僕は必ずやウクライナに音楽を届けに行きたい。僕は僕に可能な形で連帯の意思を示したいと思う。航空代金であるとか、滞在費であるとか、作曲料であるとか、予定されていた収入はおそらくない。それでもやらなければならないと思っている。これをご覧の皆様で、もしこの趣旨に賛同してくれる方があれば、何かしらの形でお力を頂ければ幸いである。