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2016年12月14日水曜日

【CD評】新垣隆:交響曲「連祷」、ピアノ協奏曲「新生」他

 新垣隆:交響曲「連祷」、ピアノ協奏曲「新生」他

 推薦 「騒動」で広く世間に知られることとなった新垣隆が改めて世に問う新作群を収録。確かな技術と幅広い知識を持つ作家として若き日より一目置かれる存在だった彼の複眼的な作曲姿勢は昔から少しも変わらない。ただ、ジャンルとしての「現代音楽」を究めるよりも「同時代の音楽」を創造したいという想いに、彼は正直になった。音楽史は聴衆の選択の結果であるという事実に身を委ね、手持ちの膨大な選択肢からたったひとつを選び、そこに署名した彼の勇気は讃えられるべきである。福島公演時のライヴ録音。東京室内管も東京公演時よりいっそう熟れて、音楽によくついてきているが、彼の指揮には、いかにも自作自演らしい「照れ」が少しある。(『音楽現代』2017年2月号掲載)

2016年11月12日土曜日

「いま」しか聴けない音楽会に、ようこそ。

 太古のむかしから、わたしたちは音楽の営みを続けています。
 音を紙に記録するという大発明をしてからも、千年の時が経ちました。その間、記譜法や演奏法の進化、印刷技術や工業の発展にともなって、木材、動物の皮や腸、金属、さらには電波までもが、幾千万の音楽家たちの飽くなき探求(あるいはふとした思いつき)に応えるかのように、人間の声にも劣らぬ歌声を手に入れるに至りました。
 本日の演奏会は、いずれも耳に近しい、馴染み深い、親しみやすいメロディばかりです。しかし、わたしたちは音楽史に連なる先人たちが聴きたくても聴けなかった音楽を今まさに聴いているのだということを、ここに少し説明したいと思います。
 
 コントラバスという楽器の歴史は古く、ヴァイオリンやチェロなどの発祥より遡ること100年、16世紀に端を発します。もっとも、低音を補佐する以上の役割を作曲家から求められることはほとんどありませんでした。この巨大な楽器が上へ下へと器用に飛び跳ね、優雅に歌う姿など、誰も想像し得なかったからです。
 そうした事情が変わるのは18世紀末の名手ドメニコ・ドラゴネッティがベートーヴェンと親交を結び、1850年代の名手ジョヴァンニ・ボッテジーニが「コントラバスのパガニーニ」の異名をとって活躍したことで、にわかに独奏楽器としての認知が高まりました。が、その確立は20世紀に入ってからと言って差し支えないと思います。今日ほど、この楽器の名手たちに多く恵まれた時代は、今まで一度も無かったでしょう。
 ドラゴネッティはベートーヴェンの伴奏でチェロのためのソナタを弾き、ベートーヴェンは目を剥いて驚いたそうですが、今日は石川さんの独奏でバッハの無伴奏チェロ組曲をお聴きいただきます。コントラバスは、チェロに比べて一回り大きいというだけでなく、なにしろルーツを別にする楽器ですから、技術をまったく異にしているのです。チェロ奏者に「旧約聖書」と譬えられるバッハを、この楽器がどのように弾くのか、刮目しましょう。
 
 一方、オンド・マルトノは20世紀の生まれです。楽器名の「オンド」とは電波のことで、直訳すれば「マルトノ氏の電波」となります。マルトノ氏とは、第一次大戦に通信兵として召集されたフランスの電気技師モーリス・マルトノ。彼は三極真空管から発信される音を聴いているうちに、これをなんとか音楽に利用できないものかと考えたのでした。
 アドルフ・サックスによるサクソフォンなどもそうですが、フランス・ベルギーには楽器発明の才があり、彼らごのみの音色を持つ楽器を多く生み出してきた歴史があります。電波を使う楽器は同時代的に他の国でも発明されましたが、ついに、ひとつの独奏楽器としての地位を確立したものは、このオンド・マルトノを除いて他にありません。
 メシアンやオネゲル、ジョリヴェなど、もっぱら同郷の作曲家たちによって寵愛されました。この楽器の発音原理はまったく電気の回路によるものです。しかし、そうして得られた純粋な周波数は、木箱、弦や銅鑼によって豊かに増幅され、演奏には奏者の繊細な指先を必要とします。歌心が丸のまま顕れる楽器なのです。
 
 楽器の名手は、ときに本職の作曲家も羨む作曲の才を発揮することがしばしばあります。特に、新しいレパートリーを必要とする楽器においては、なおさらです。先のボッテジーニもコントラバスの可能性を自ら作品に書いて示しました。ピアノにおいてはショパンやリストが、ヴァイオリンにおいてはパガニーニやクライスラーが、オンド・マルトノにおいては、まさに、本日の奏者、原田さんがそれにあたります。軽妙洒脱な色合いの絵筆で、この楽器の魅力を存分に伝えてくれるでしょう。
 ここに念のため書き添えれば、ピアノという楽器も、88の鍵盤を持つ今日の形が一般的になったのは、ほんの100年ほど前。そう古い話ではありません。わたしたちはこんなにも楽しみながら、過去にはありえなかった芸術を聴いているのです。音楽史的にも豊かな時代を生きているということを、本日の演奏会によって知ることができることでしょう。(「コントラバスとオンド・マルトノの響き」2016年11月12日 於・ラスカ茅ヶ崎ホール)

2016年10月10日月曜日

『連祷』について

欠陥だけを取り出してリストの揚げ足とりをする人は、その背後に隠されている本質までは深く見ていないのです。ところで、公平無私な評価というものは、本質を認識することなしには考えられません。(バルトーク『リストに関する諸問題』1938)

 8月23日、晩。
 池袋の西口、少し奥まったところにあるマレー料理店「マレーチャン」で、僕はライターの井内千穂氏とともに遅めの食事を取っていた。食事といっても前菜ばかりの軽いもので、ぱりぱりとえびせんを囓りながらタイガーとシンハーの瓶をお互い1本ずつ飲んだだけだった。二人とも深夜に書き物を控えていたせいである。ここの女将の濃さと言ったらウエストゲートパークのヤンキーたちの比ではない。が、この日は姿を見なかった。

 この直前、芸術劇場の大ホールでは東京室内管弦楽団のコンサートが催されていた。
 終演後、僕と井内氏は二人でこの日の作曲家に挨拶した。彼は関係者にもみくちゃにされていて、会話らしい会話はほとんどできなかった。僕は祝福の言葉とともに「『好き』がたくさん入ってましたね」と申し上げた。彼は満面の笑みで「全部詰め込んだよ」と答えていた。

2016年1月31日日曜日

坂口安吾による3つの断章


◎坂口安吾による3つの断章
op.97 Trois fragments de Ango Sakaguchi
 いづこへ Andante assai
 私は海を抱いてゐたい Poco andantino quasi moderato con moto
 ふるさとに寄する讃歌 Moderato assai
作曲年月 2016年1月
演奏時間 10分
楽器編成 声楽(バリトン)、ピアノ
委嘱 岡元敦司
初演 岡元敦司(バリトン)西澤健一(ピアノ)/2016年4月・五泉市立図書館ホール

* * *

 今年(2016年)の4月。僕は岡元君(と、共通の友であるメゾ・ソプラノの新宮由理さん)とともに新潟へと向かった。当地では録音に加えコンサートが予定されていたが、そこで披露するために新潟ゆかりの詩人でなにか一曲書けないだろうか、と相談を受けたのが、この作品の始まりだった。

 西脇順三郎という名前が浮かんだが、あの世界はいかにも僕と合わない。僕がすんなりと馴染める言葉を書いたのは坂口安吾。彼はもちろん小説家であるから、詩文ではない。だが、露悪的とすら言われる彼だが、その言葉の美しさたるや。彼の短編から僕自身の手によって言葉を抜き出し、整え、これをテキストとした。ゆえに「断章」である。

 僕が選んだ小説は『いづこへ』『私は海を抱きしめてゐたい』『ふるさとに寄する讃歌』の三編である。たまたま自分の書棚にあったから、という理由でもあるが、おそらく彼を最も象徴する言葉「落伍者」を筆頭に掲げ、その落伍者たる自分を丸のまま認め受け入れる過程を描き出したいと思った。創作年代は逆行するが、この順で並べる必要があった。なお安吾が抱きしめたいと願った「海」を描くために、ハイネの巨大な棺が流れ着いた「海」を利用したことは、今のうちに素直に白状しておく。

 明治以降の小説家たちが物した言文一致体による散文のなかにも、「詩」と呼ばれるべき言葉の多くがいまだ手つかずのまま遺されているのを、日本語を母語とする作曲家として見過ごすわけにはいかない。この作品は、今後作ることになるだろう歌曲やオペラの試金石になったかもしれない。(初演時プログラム)