2006年1月31日火曜日

歌曲集「春は馬車に乗つて」



◎春は馬車に乗つて
op.57 Spring, in a Surrey
 「ダリア」 Lento doloroso
 「いさかい」 Poco Allegro
 「祈り」 Andante religioso. attacca;
 「春」 Andante
作曲年月 2006年1月
演奏時間 30分
楽器編成 歌曲(メゾ・ソプラノ)
原作 横光利一「春は馬車に乗つて」
作詞 岸田洋一
献呈 岸田洋一
初演 杣友惠子(Mez)、西澤健一(Pno)/2012年11月・東京 デザインKホール六本木 西澤健一作品展2012

* * *

とある酒の席だっただろうか。

「歌曲集を書いてみたいがテキストが無い。横光利一の『蠅』のようなものが詩集だったら良かったのに」と、長い付き合いになる盟友、岸田洋一氏に愚痴のようにもらしたことがあった。シューマンの『詩人の恋』や『リーダークライス』のように、各楽章が密接に関連し総じて一つの世界を作り出すに至る連作歌曲を作曲するのに適当である日本語の詩を、僕は長年見つけられずにいた。それぞれの人生を背負った複数の登場人物の乗り合わせた馬車が最後は崖から墜落してしまうこの小説のあらすじは、僕が書きたいと望んでいた連作歌曲の理想に限りなく近い内容だと思われたのである。

それから程なくして、岸田氏は見事な詩として再構築された『蠅』と、「これはついでに」と、同じく横光の『春は馬車に乗つて』に基づいたテキストを作り上げてしまった。「なんだか書けてしまったので…いや、僕は言葉を選んだだけですから。」

文学にも音楽にも通じている彼の手によるそれは僕の想像力を刺激してやまなかった。が、先に音楽をひらめいたのは『蠅』ではなく『春は馬車に乗つて』――それは、肺の病を患い死を目前にする妻を看病する横光の自伝的な小説である――のほうであった。これを読んで僕は即座に浄瑠璃を連想したのである。太夫と三味線の二人が並んで座り、声色を変えて語り、歌い、一気に僕を四幕の劇のなかへと押し込んでしまったのだった。

ゆえに、この作品の創作は、僕の耳のなかで鳴っている浄瑠璃の音曲を、歌手とピアノのために翻訳するところから始まったとも言える。浄瑠璃の歴史は「歌」の要素を排し「語り」を重視するところから隆盛を極めるに至ったが、その「語り」の持ち味を活かしたままに「歌」の彩りを加える試みであったと言っても良い。詩の命じるままに、情景の描写と、劇中の人物である妻と夫の台詞と行動とを、声色を変えて表現すること。西洋音楽と日本語の相性の問題については多くの論が割かれているが、そのような問題には一切頓着せず、むしろ僕なりの方法で日本の伝統音楽のあり方を継承しようと意図し、作曲にあたった。ただし実際の浄瑠璃の舞台では起こらないこと…例えば、語り部が状況を説明しながら見得を切るようなことも、この作品のなかでは起こりうる。

かねてより愛読していた横光ではあったが、詩の形式で表現されることによって、僕は夫と妻の性格の差異が象徴的に、かつ明確に、あぶり出されることになろうとは予想だにしていなかった。演奏者としてこの作品に接し、作曲者であるはずの僕自身が驚きとまどったのも、まさにその点である。妻の側から世界を覗くことが出来るとは思っていなかった。血の通った人間がこれを演じることによって、男と女は本質的に、決定的に違うという、この古くて新しい問題を改めて突きつけられるとも思っていなかった。

作曲時に想定した女声(メゾ・ソプラノ)では、2012年11月、デザインKホール六本木にて杣友惠子氏により、男声(バリトン)では2014年8月、札幌ルーテルホールにて岡元敦司氏により、いずれも作曲者のピアノで初演された。歌手の力の甲斐もあって、それぞれにまったく違った景色となったことは、言うまでもない。

動画=2015年6月6日、中部大学・三浦幸平メモリアルホール 第78回中部大学キャンパスコンサート 岡元敦司(バリトン)西澤健一(ピアノ)

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